衒学ポップ :\ MnB \ ある商人の物語 #01






私の名はアルフォンス・ベネディクト。スワディア王国の行商人だ。
私の父、ダリウス・ベネディクトは著名な行商人で、父のおかげでベネディクト家は大いに潤った。しかし最終的に父は事業に失敗し、私達は多くの負債を抱えることになった。 そして一ヶ月前のことだ。父は突如行方をくらました。空の馬車だけが、雇われ御者に引かれてプレイヴンに戻ってきた。私達は父の帰りを待ちはしたものの、なんの連絡も無く、息子である私が家督を引き継ぐことになった。
父は仕事について何も語ってくれなかった。彼が何故事業に失敗したのか、そしてなぜ、突然行方をくらましたのか、残された我々には知る由も無かった。しかし、もはややるしかないのだ。私が行商人として生活費を稼ぎ、家族を守らなければならない。
商売の基本は安く買い、高く売ることだ。そのくらいは私にだってわかる。とはいえ、物品の相場について、私はほとんど何も知らなかった。そこで、顔見知りの雑貨屋に相場をきくことにした。





「いらっしゃい、あらアルフォンスくん」
「こんにちは、ベイカーさん。出発の日も近いですから、在庫を揃えに来ました」
それだけ伝えると、彼女はこう返してきた。
「それなら油を買っていくといいわ。ヴェイジャー王国の雪原地域では、油はどれだけあっても足りないくらい重宝されているから、高く売れる筈よ」
彼女はベネディクト家の事情を知っているし、気を使って儲け話を教えてくれたのだろう。しかし我が家がどれだけ困窮しているか、具体的には知らないのだ。かいつまんで言えば、我が家には油壷を買うほどの余裕は無かった。
「出来ればそうしたいんですが、ベイカーさん、うちには金目の物と言えばこの本くらいしか無いんです。これを売る代わりに、何か安い品を買っていこうと思っていたんです」
そう言って我が家にあった工学の本を差し出すと、彼女は驚いたような顔をした。
「アルフォンスくん、これだけ綺麗に装飾された本なら、油壷三つでもお釣りが出るくらいよ。貴方は小さな頃から本に慣れ親しんでいたかもしれないけれど、貧しい人々にとって、本は高級品なのよ。ほら、油壺三つ。お釣りの二百デナールと、それからこれは餞別よ」
彼女は私の遠慮もきかずに食料品の入った皮袋を手渡してきて、そしてそのまま、油壺を私の馬車に積みこみ始めた。



彼女に謝辞を述べ、私はプレイヴンを後にした。私はこの日、自分がどれだけ世間を知らなかったか痛感した。顔見知りのベイカーさんとの取引だったから良かったものの、もしも相手が普通の商人ならば、私は本を不当な安値で買い取られていただろう。私は東へと馬を向けた。行き先はヴェイジャー王国領内の街、クダンだ。手綱を引く手に、自然と力が入った。





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