衒学ポップ :\ MnB\ ある商人の物語 #07






「あんた、商人になる前何してた?」
「ディリムで警備兵をしていました」
「だからか……」
私はかなりの数の山賊どもを切り伏せ、奴らを撤退させた。私をただの商人だと思っていたのなら、驚いて当然だ。私は彼を感心させたことに、誇りを感じる。しかし、次に彼の口から発せられたのは、意外な言葉だった。
「これだから、素人はよ……」
「え?」
「あんたは、山賊を殺したわけだろ」
「ええ」
「それも、かなり殺した。目立っただろな。そうだろ?」
「それはまあ、確かに」
「目をつけられた」
イボンさんは続けた。
「奴らみたいな人種にとっては、面子ってやつが最も大事なんだ。村を襲ったら、商人の反撃に合って、返り討ちにされた。それを、そりゃ災難だったな、じゃ済まさねえ」
「つまり……」
イボンさんは私の言葉を遮った。
「そうだよ。奴らは借りを返しにくる。あんたがどこに行こうとな。地の果てまで追ってきて、あんたを殺す。気が済むまで痛めつけてからな」
「……」
「悪いけどな」
「俺は抜けさせてもらうぜ。自分のけつは自分で拭いてくれ。……金は返す」
そう言ってイボンさんは銀貨の入った皮袋を胸倉から取り出し、差し出してきたが、私はただ黙り、そして考えていた――たかが山賊が、私を追いかけてきて殺す?  馬鹿馬鹿しい。そんなことが出来るものか。それに、この男性はそんなことに怯えて、私の用心棒の仕事をやめようと言うのか。
その時、がっしりとした体つきの男性がやってきて、私の手をとった。



「旅のお方よ! なんとお礼を言えばいいか!」
お礼よりも飛び散る唾をどうにかして欲しいところだ。
「あなたのおかげで村が救われました! 実は、警備隊の方々が今遠征に出ておりましてな。山賊どもはその隙をついてやってきておったのです。あのままでは村が焼かれてしまうところでしたが……」
バランリの村長は痛いほど私の手を握り締める。
「あなたのおかげで奴らに思い知らせることが出来た! そうだ、肉付きの良い牛をを差し上げましょうか! それとも、娘がお好みか?」
私は一応、にこりと笑って見せた。正直、こういった豪放磊落な感じの人は得意ではない。
「村長さん、礼は要らない。その代わりにこの人を、傷が治るまで介抱してあげてください。私は行商中の身。もうここを発ちますから。それから、イボンさん」
彼と目が合った。
「貴方がなんと言おうと、私は山賊を恐れたりはしませんよ。このまま仕事を完遂してみせます。そのお金はとって置いてください。貴方はそれに見合うだけの仕事をしたじゃないか」
すると、イボンさんは突然笑い出した。
「くくく、あんたね、お人よしにも程がありますぜ。いや、まったく――」
彼は笑いを少し抑える。
「あんたみたいな人は珍しいよ。このご時世にはね」
今の彼の笑いに呆然は含まれていなかった。どうも彼が私に感心しているらしいことがわかって、つい私も笑いそうになる。世間知らずも度が過ぎれば、人を感心させられるものか。



霧も晴れないうちに、私はバランリの村を出た。
数日のうちには、ヴェイジャー王国領内に入ることになるだろう。





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