衒学ポップ :\ MnB \ ある商人の物語 #08




話には聞いていたものの、実際に目にしてみると、やはり違うものだ。



馬車を取り、アジュナを発って数日、ヴェイジャー王国領内に入り、私は見渡す限りの雪景色の、真っ只中にいた。ここからの旅には毛布が手放せない。しかし、寒さなど気にさせないほどの壮大さがこの風景にはあった。



ただ、馬にはそんな風景を楽しむ余裕はない。これまでのところ凍傷を起こすようなことはなかったが、深い雪に足を取られ、かなり疲弊しているようだった。ヴェイジャー王国領内に入ってから道が悪かったから仕方があるまい。というより、道という道がすっかり雪に埋もれてしまって、文字通り道が無かったのだから。彼を休めるために、私はキュラウの街に立ち寄った。人の往来の多い地域なら、多少は道の状態もマシだろうと踏んだからでもある。



この街の道具屋は厩舎の上にあるらしく、寄ってみることにした。それにしても、よくこんな匂いの中で商売ができるものだ。





「いらっしゃい」
「油壺は、おいくらでしょうか」
「油壺かい? そうだね、六百デナール、と言いたいところだけど――」
「五百五十でいいよ。これより安くは売れない。買うかい?」
勿論、ここで油を買うつもりはない。本当にききたいのはここからだ。私は、ちょっと驚いた顔をしてみせた。
「五百五十? そんなに安くて、利益が出るんですか。一体幾らで仕入れてるんです? よければ、参考までにおききしたいんですが」
すると、店の主人は少し眉をひそめた。ただ、口には微笑が浮かんでいる。
「ははん、あんた、この国のもんじゃないな。それに、ただの旅人でもない。あんたも商人だろう。そんで、油を買いに来たんじゃない。売ろうとしてんのさ。そうだろ?」
隠すつもりもなかったが、自ら明かすつもりもなかったことを、こうもはっきり言い当てられてしまうと、なんだかばつが悪かった。
「いやいや、おみそれしました。その通り。私はスワディアの行商人、アルフォンス・ベネディクトと申します。どうしてわかりました?」
「少し訛りがあるからさ。発音がちょいとお上品な感じじゃないか。この辺の奴らとは違う。口調もそうだな。くだけてない。商人の話し振りだ」
この男性は、いつもこんなに人の話し振りを観察しているのだろうか?
「はあ、なるほど……。いくらか話し振りをくずした方がいいかもしれませんね。ああ、いや、それは別にいいんです。油壺が五百五十というと、少し安くありませんか? クダンでは、安くとも六百数十は下らないと聞きましたが」
「ああ、あんたもクダンで油を売ろうってクチかい。最近多い。まあ――」
店の主人はますます眉をひそめ、一方で口からははっきりと笑いが見て取れた。
「やめといた方がいいだろうな」
店の主人は言った。






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