衒学ポップ :\ MnB \ ある商人の物語 #10






「貴方は、行商人ですな?」
ウォトカを飲みながらぼんやりしていた私が返事を躊躇していると、彼は続けた。
「失礼しました。私はヤルモ・エンデン。医者をやっております」
「行商人のアルフォンス・ベネディクトです。私に何か?」
「ええ。実は私は、傭兵団を率いておりましてな……」
そこまで言って彼は椅子を引き、私の隣に座った。
「といっても、十人ほどのものですが。少しだけ調べさせていただきましたが、貴方はお一人で旅をなさっているのでしょう」
「ええ」
「それはいけない。行商人はキャラバンを組んで旅をするものです。いくら……」
彼は私の剣をちらりと見る。
「腕っ節に自信があろうとも」
確かに行商には傭兵がつきものである。賊や野獣から商品を守るため、行商人は傭兵を雇い、キャラバンを組むものだ。しかし私は、それはもっと事業が大規模になってからでよいと考えていた。大所帯になれば動きが鈍重になり、襲われる危険も増える。それになにより、行商の効率が落ちるではないか。どうして盗賊ごときに、商売を邪魔されなければならないのか。
「申し訳ないですが、今のところ傭兵を雇うことは考えていないのです。そのような余裕もありませんしね」
彼はワインを飲み干した。
「『そこ』(彼は『そこ』という言葉を強調した)が重要なんです。我々は一人頭二十デナールしかいただきません。その上、食事は自分たちでなんとかできる。入国料やなんやらは、払っていただきますがな。つまりこの安さが、我々の売りなんです」
普通、訓練された傭兵を雇うならば、一人頭数百デナールはかかる。なにか裏があるのは明白だった。
「私は商人ですよ。怪しい話には乗れません」
「しかし、リスクが無ければリターンも無い。そうでしょう」
しばしの沈黙。
「いいでしょう。話して下さい、うまい話のわけを」
ヤルモさんは黙ったまま、頭を下げた。





目次へ

衒学ポップ