衒学ポップ :\ MnB \ ある商人の物語 #11




「今現在、イシュミララはひどい有様だ」
ヤルモさんはそう言って、テーブルの上に握った自分の拳を見つめた。
「そのようですね。カーギットが侵攻してきたと聞きました」
「ええ。それもかなりの規模でね。私もヴェイジャー兵として、防衛戦に参加しました」
「ヴェイジャー兵として、とは? 傭兵としてでなく?」
「……そうです、ヴェイジャー正規軍として。といっても徴兵に従っただけですがね。それも医者としてです。ここら一帯の農民達と共に、ルディン卿の歩兵隊に配属されました」
ヤルモさんは店主からビールを受け取って、少しだけ飲んだ。
「負け戦だったわけではないのです。だがしかし……大きな声では言えませんがな、人死にが多くなったのは、ルディン卿のとった作戦のせいかもしれません」
「と言うと?」
するとヤルモさんは私と目を合わせ、少し声を低く、小さくして言った。
「私は元々ウスラム村の医者でしてな、戦争のことはわかりません。それでもねえ、ルディン卿が歩兵を囮にしたことくらいはわかります」



「歩兵が襲われている間に騎兵がカーギットを追い詰める。それが作戦だったのです。彼らは騎馬民族だ。あるいはそれしか、まともに戦う手段は無かったのかもしれません。だがしかしあれは……」
彼はまた一口ビールを飲む。
「我々に出来たことと言えば、ただ小さな盾の裏に縮こまり、矢が飛んでこないことを祈るばかりでしたな。隣にいた私と同郷の若者は頭に矢をくらい、立ったまま死んでいました。皆彼の死体を盾代わりにしたんです。そうしてなんとか耐えている内にようやく騎兵隊が敵に追いつき、約半数のカーギット騎兵が落馬しました。もう半数は撤退し、戦いは終わりました」



「負傷兵はイシュミララに運ばれました。私も医者として、出来る限り多くの者を救いました。やれるだけのことはやった。それでも次から次へ、患者が運ばれてくるのです。皆、すぐに手当てしなければ死んでしまう者ばかりでした」
彼はまたカップを手に取り、今度は一気に飲み干した。
「だがしかしそこに、城からの使いがやってきたのです。なんでも、騎兵隊長の息子が腕に怪我をしただのと言っていました」





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