衒学ポップ :\ MnB \ ある商人の物語 #12




「ヤルモさん、まさか……」
「いやいや。断ったわけではありません。私にそんな度胸はありませんよ。しかし、苦しむ歩兵達を見捨ててまで、お偉いさんの息子を治療しに行くことは、私には、どうしても出来なかった」
「では一体、どうしたのです」
ヤルモさんは少し笑ったが、なんともバツが悪い、といった風に、
「そっちから出向いてくれ、と言ったのです。そして歩兵と同じように順番を待ち、治療を受けてくれ、とね」
しばし沈黙が続き、私はため息をついた。
「それは、断ったようなものではないですか……」



「まあ、そうですな。貴族出の者が殆どの騎兵隊、それも隊長の息子に、城から出て、汚い村まで治療を受けに来いと言ったのですから、当然ひと悶着起きました。使者は一度城に戻りましたが、すぐに戻って来ましたな。職務怠慢だのなんだのと言って、私に罰を与えると……いや、使者というのは面白いもので、まるで偉いのは自分自身だと言わんばかりの語調でしたよ……とにかく、どんな罰にするか決まるまで村で待機せよ、とのことでした。騎兵隊長の息子さんがどうなったのかは知りませんが、大方お偉いさん御用達の町医者でも呼びにやったのでしょう」
「それで、どんな罰が?」
「いやそれはわからんのです。歩兵隊の者達が話していた限りでは、牢屋に入れられるのは確かだの、下手をすれば斬首だのと、ひどい末路しか待っていないようでしたが、そのときは私も意地になっていましたので、患者を助けることしか考えていませんでした。それでも、大勢の若者を死なせましたが……」
ヤルモさんは、本当に悔いている、という顔をした。国境を侵犯して来たカーギット汗国、歩兵を捨て駒にしたルディン卿、あるいは長年続いている戦争そのもの、そういった理不尽な現状をではなく、ただ多くの患者を死なせてしまった自分自身を憎んでいる、そういった顔だ。私は、我ながら単純だとは思うが、どうにも感極まってしまった。
「いや、貴方は医者の鑑です」
とつい口をつく。
「ははは、いや、そんな大層なものではありませんよ。何せ結局のところ私は逃げ出したわけですからな。治療がひと段落ついた頃には既に夜でしてな。私は悠長にも、これからどうしたものか、などと考えておりました。今考えてみれば、自分の置かれた状況がわかっとらんかったのです。そうこうしているうちに一人の若者が、使者が来たことを告げに来ました。私は、そこに来てようやく、罰が恐ろしくなりましてな、なんとか免れられないかと、色々と悩み出しました。すると先程の若者が戻って来ましてな、先生こちらへ来て下さい、と言うのです。つまり、歩兵連中が一つ謀ったのです。彼らがどうにかして使者を留めている間に、私を裏道から逃がしてくれたのです」







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