衒学ポップ :\ MnB \ ある商人の物語 #13




私は訊いた。
「つまり、傭兵業をやっている……というのは、方便なのですね」
「その通りです。実際は我々は、ただの脱走兵だ。ほとんどの脱走兵は行く当ても無く彷徨ったのち、山賊に身を落とすのが普通です。我々とて、そうならないとは言い切れません」
「山賊に? 村を襲い、罪も無い農民から奪うと言うのですか」
「当然、私も、歩兵達も、それを望んでいるわけではありません。しかし本当に追い詰められた状況では、人間は何をするかわからない。この前の戦いでそれを実感しました。死者への敬意など、容易く捨ててしまえます。もし仮に私一人が正気を保っていたとしても、一度『たがの外れた』歩兵達を止めることは出来ないでしょう」
「人間は……」
そこまで言って、私は口ごもる。人間はそんなに弱いものなのだろうか。自らの命を顧みず他者を救えるような人でさえ、人間の高潔さは不滅だと、自信を持って言うことは出来ないものなのであろうか?
「当てにならないものです」
ヤルモさんがそう言い、続けた。
「私が知っているのは、貴方がスワディアから来た行商人であり、そして貴方が、バランリ村を山賊の襲撃から守ったということです」
ヤルモさんはにやりと笑った。
「どうして知っているんですか?」
「ウスラム村の者もイシュミララ村の者も、手形なんて上等なものは持ってませんが、バランリ村とは連絡を取り合っているんです。まあ詳しくは言えませんがな。貴方のことは、そこらじゅうで噂になっていますよ。そして噂が広まれば広まるほど、山賊の、恥ってもんが、大きくなります」
「ジャコブ一味、ですか」
「そうです。どうやら奴ら、貴方に報復するために色々と根回しを始めたようです。ジャコブはカルラディア全土に顔がきく、という話ですからな。もし貴方が一人で旅を続けたならば、馬車を、悪ければ、命を失うことになるかもしれません」
彼は表情を固くし、そして頭を下げた。
「どうか、我々を連れて行って下さい。貴方には護衛が必要だ。そして我々には、貴方という隠れ蓑が必要だ。貴方だからこそ、ここまでの顛末をお話したのです。貴方のような高潔な方に仕えれば、自分達も人間性を失わずに済む、そう考えたのです」



かなり夜も更けたらしい。私が入ったときには活気付いていた酒場も、今や我々の他には、数人の客のみが見られる程度だ。私は店主を呼び、ワインを二人分注文した。程なくして店主が戻って来て、テーブルにワインを置いた。
「私は商人ですからね。怪しい話には乗れません」
と、私は再び言った。
「つまり、我々を雇うことは出来ないと?」
「……歩兵は何人いるんですか?」
「私を含め、十四名です」
とヤルモさんは答える。
「ならば私は、二百八十デナール払うことになる。残念ですが、そんな契約は結べない」
そう私が言うとヤルモさんは目を瞑り、何度か頷いた。一度小さくため息を吐き、口を開く。
「……そうでしょうな。いや、ごもっともです。貴方にしてみれば、我々を雇っても、厄介ごとに巻き込まれるだけですからな、ええ。……お時間をとりまして、申し訳ありませんでした。縁が無かったと思って、諦めますよ」
彼は席を立つ。そしてワインを一気に飲み干し、そのまま出口へ向かおうとした。だが私はそれを呼び止めた。
「待ってください。半額の百四十デナールならば」
ヤルモさんが振り返る。
「なんとか払えます。その代わりに、いつか貴方が故郷に帰れるよう、尽力しましょう。まあ、スワディアに帰ってからのことになりますが、つてがあります。ルディン卿と話す機会も持てるかもしれない……いかがです?」
するとヤルモさんは跪き、私の手を握った。
「願ってもないことです。必ず……命に代えてでも、貴方をお守りします」
「よして下さい。私はね、ヤルモさん。貴方のような人とは、傭兵とその雇い主としてではなく、仲間として、あるいは友人として、長く付き合っていきたい。そう考えているのですよ……」



朝、道具屋で毛皮の割引証書を受け取ってから、私達はキュラウを発った。眩しい光は少しずつ雪を溶かしていたが、それでも広大なヴェイジャー雪原は、そんなことなど気にも留めないという表情であった。





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