衒学ポップ :\ MnB \ ある商人の物語 #15




ノルド王国首都、サルゴスの街の酒場にて、私達は食事をとっていた。



「杞憂……だったのかもしれませんな」
とヤルモさんが呟く。
「周り一帯を調べやしたが、人っ子ひとりいやしませんでしたからね。兵隊どころか、斥候すら見当たりゃしねえ。どんなにずる賢い奴だって、何かしら痕跡を残すもんですわ。誓って言いますが、辺りにそんなもんは全く無かった」
ヴァジが、ソーセージをかじりながら、そう言った。私は答える。
「ひょっとすると、もう完全にまいてしまったのかもしれない。私の足取りを追うのを諦めて、スワディアに戻っているのかも」
「それはないですぜ、旦那!」
ヴァジが大声を出す(ヤルモさんも同じことを言おうとしたようだが、ヴァジの方が速かったらしい)。
「舐められたら終い、の世界なんですわ。軍隊も、やくざもね。国境だって関係ありませんぜ。検問なんざあ、その気になりゃあ、どうにでもすり抜けられる。そしてすり抜けてしまえば、山賊も農民も見分けはつきゃあしません。案外、この酒場の中にジャコブの手のもんがいたりしてね」
私はパンを少しちぎる。
「そんなものかね。とは言っても、どちらにせよ行商は続けなければならない。この街の道具屋にも寄ってみたが、やはり毛皮の値はそこまで高くない。辺境への旅になろうとも、ティールには行かなければならないよ……それで、ヤルモさん」
「はい。海賊について、ですな。この街の者の言うところによりますと、一般に、ノルド王国内で略奪活動を行う者のことを、海賊と呼びます。彼らは近海の入り江を根城にしていると噂されており、しばしば船でノルドにやってきては、村々を襲撃して行きます。カルラディア中央部の山賊たちとは、ルーツも違えば、性質も違います。海賊達は利益よりも、戦いを求めて行動するという話です。ですから、いくらジャコブの顔が『きく』と言っても、海賊達を思い通りに操るようなことは、出来ないでしょう」
確かに、それはその通りだろう。ディリムで警備隊をやっていた頃には、幾度と無く山賊たちと戦ったが、その度に思ったものだ。山賊という生き物は、まとまることを知らない。 同じ山賊同士でも協力出来ないものを、どうして海賊と協力できるだろうか。
「ありがとう、ヤルモさん。出来ることなら最短ルートで行きたいものだが、一応、沿岸部は避けることとしよう。少し西に迂回し、アラス城の近くまで向かう……万が一のときに助けを呼べるからね。その後北上し、ティールへ向かう。港町だからね、魚の燻製を安く仕入れて、その後スワディアに戻ろうと考えている」
ヤルモさんはエールの注がれた角――ノルドでは、飲料を入れるカップとして動物の角を使うのが一般的である――を少し持ち上げ、言った。
「異論ありません。それでは、宴の続き、といきましょう」



一泊した後サルゴスを発ち、アラス城までの道を半分ほど進んだところであった。懸念していた事態が起こる――海賊との遭遇である。







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